言葉の意味は正確に知っておく必要があります。
あいまいな知識で使っていると、よかれと思った一言でも、相手を怒らせたり呆れさせたりしてしまうかもしれません。
そこで今回は、ビジネスシーンで間違いがちな日本語表現を5つ集めました。
意味を誤解していたり、使い方を勘違いしていたりしないか、この機会にチェックしてみてくださいね。
(1)「割愛」
【NG例文】「私の自己紹介は、時間の関係で割愛させていただきます」
「割愛」はもともと、「愛着の気持ちを断ち切る」という仏教用語でした。
「愛」の字からも分かるように、何かを捨てたり省いたりするときに、「本当は切りたくないのだけど……」と、無念さをにじませる表現です。
時間の都合上、一部を省かなくてはいけない場面で用いますが、「私の自己紹介は割愛して」などと、自分に関することを省くときに使うのは誤り。
自分の話を惜しみながら省略している“ナルシスト”な印象をあたえてしまうかもしれません。このような状況では、「省略」という表現で十分でしょう。
【ポイント】「割愛」=「惜しみながら省略する」という語義を忘れずに!
「割愛」は、「多数の祝電を頂戴しておりますが、時間の都合上、“割愛”させていただきます」などのように用います。
(2)「役不足」
【NG例文】「マネージャーなど、私には役不足で畏れ多くて(おそれおおくて)、お受けするわけには……」
「役不足」は、その人の技量や器に対し、与えられている役が軽いということ。
「せっかく力があるのに、そんな軽めの役割ではもったいない」「その人の実力が十分にいかしきれない」という意味です。
誤解して、謙遜に「役不足」を使っている人がいますが、「自分には役不足です」は「こんな小っちゃい役目、やってられるか!」という傲慢な意味になってしまうのです。
「自分の実力ではそのような役職は務まらない」と謙遜するのなら「力不足」と言わなくてはなりません。
【ポイント】役「が」不足なのであり、役「に」不足なのではありません。
「役不足」は「あれだけの実力者にそれは“役不足”ではないでしょうか」などのように使います。
(3)「他山の石」(たざんのいし)
【NG例文】「先輩の経験談、他山の石にさせていただきます!」
「他山の石」は文字通り、他の山の石ころのこと。
良いものと悪いものが混在する様子をいう「玉石混交」という四字熟語があります。ここで、宝玉と石ころが対比されているように、価値のある宝玉に対し、価値のないのが石ころ。
したがって、「他山の石」は、「それ自体に価値はないものの、自分の宝玉を磨く助けぐらいにはなる」ということ。
「石ころレベルのつまらない言動であっても、少しは自分の参考になる」という意味になるわけですから、人に面と向かって「他山の石にします」などと言うのは、無礼極まりないことなので、気をつけましょう。
【ポイント】「他山の石」は、他の山の石ころ。宝石ではありません。
「他山の石」は「芸能スキャンダルも“他山の石”にはなる」などのように用いられます。
(4)「奢る」
【NG例文】「今日はお礼の席なので、私に奢らせてください」
「おごる」はもともと、人よりもよい状態であるのを得意気に思うこと。
「驕る」という漢字変換もあり、『平家物語』にも出てくる「驕れる人も久しからず」というフレーズを習った記憶もあるのではないでしょうか。
このように、「おごる」は、「調子に乗っている」「天狗になっている」という否定的な意味合いを根幹にもつ言葉です。
今の「奢る」の使い方も、「お金があることを自慢して他人に飲食をふるまうところ」から生まれたものです。
そうしたルーツを知っていると、敬語を使うような目上の相手に対して「奢ります!」とは言うのはおかしいことが分かりますね。
【ポイント】「奢る」は驕った印象を与えかねません。
このような場面では「今日はお礼の席なので、私にもたせてください」などと伝えるようにしましょう。
(5)「そつない(そつがない)」
【NG例文】「突然のことでしたが、先輩はそつなくこなされましたね」
「そつ(が)ない」は確かに、「手落ちがない」という意味の褒め言葉ではあるのですが、「無難に」=「この上なく素晴らしいと言うほどではない」、「要領がいい」=「真に実力があるわけではないが、小器用にうまく乗り切った」という語感を伴っています。
実力を認め、絶賛するという表現ではありませんし、上から目線で評価している印象を与えてしまいます。
後輩に「そつなくやっていたね」と声をかけるのは問題ありませんが、目上・年上の方に対しては使わないほうがよいでしょう。
【ポイント】「そつなく」と言われても、相手は褒められたように感じません。
このようなシーンでは「突然のことでしたが、先輩はさすがでいらっしゃいました」などと伝えるようにしましょう。
いかがでしたか。「よかれと思って使っていた表現が、実は失礼な物言いになっていた」という方は、ぜひこの機会に正しい表現を覚えておいてくださいね。
正しい表現を身につけて使うようにすると、ビジネスシーンで相手に与える印象も変わってきますよ。
文/吉田裕子
国語講師。塾やカルチャースクールなどで講師を務める他、『テストの花道 ニューベンゼミ』(NHK Eテレ)に国語の専門家として出演するなど、メディアでも活躍中。東京大学教養学部卒。
画像/PIXTA(ピクスタ)(Fast&Slow、nonpii、YAMATO、kikuo)、shutterstock(Tom Wang) 参考文献/吉田裕子『大人の常識として身に付けておきたい語彙力上達BOOK』(総合法令出版)