言葉で説明するのは難しいんですけど、とにかくジャンプのレベルが違うんです
「言葉で説明するのは難しいんですけど、とにかくジャンプのレベルが違うんです。選手なら、見ればすぐにわかる。オリンピックというデカい舞台で、トップレベルの選手のジャンプを見て、自分に何が足りないのかを考えました。それを見つけて、どうやったら自分で表現できるか。頭の中にあることを試してみたら、うまく噛み合ったんです」
ジャンプの選手は、3月にシーズンが終わると次のシーズンまでの数カ月間はジャンプ台から離れる。その期間を利用して、小林は「自分に足りないもの」を補うイメージを作り上げたという。
「動画とかをたくさん見て、頭の中だけ完璧に整理された状態にしておきました。次のシーズンはイメージを体現する練習から始めて、本当にまっさらな状態で1本目を飛んだ。その瞬間に、『これだ』と思いました。それが2018年の夏。そこからはずっと、調子が良かったんですよ。勝てるかどうかはわからなかったけど」
迎えた2018-2019シーズン。ワールドカップ第2戦の初優勝から始まった快進撃を、本人はあくまでクールに振り返る。
「試合をするのが楽しくて、次のジャンプはどんな感じなのかとか、どんな気持ちになるのかとか、とにかく楽しんでました。で、気がついたら世界一になっていた。いや、まさかあんなにダントツで総合優勝するなんて思ってなかったですけど」
スキージャンプは、ほとんど自分の体ひとつで空に飛ぶ特殊なスポーツだ。BMI(体格指数)が「 19 .5」の小林は、規定により長さ約241㎝、幅約 10 .5㎝のスキー板を両足に着用し、それを空中でコントロールしながら「より美しく、より遠くへ」を目指す。例えばオリンピック種目の「ラージヒル」なら、飛び出す踏切 の高さは大阪の通天閣とほとんど変わらない約 88 m。助走の傾斜角度は「ほぼ絶壁」と体感できる最大 35 度。ジャンプ台から飛び出す瞬間の速度は時速 90 ㎞だから、高速道路を走る車と変わらない。
高さと速さ、それから気まぐれに吹く風を最大限に活かせば、飛行距離は130mを超える。しかも着地ポーズをきっちりとキメる美しさも求められるのだから、ものすごい勇気と技術、そして経験が求められることくらいは想像できる。ちなみに小林は、昨シーズンのワールドカップ個人最終戦で252mという歴史的な大ジャンプを飛んでいる。それってもう、ちょっと普通じゃない(かも)。
「飛んでいる時は、景色が進むスピードを感じながら『ブオー』という風の音が聞こえるだけ。ほとんど何も言わないけど、ミスった時はたまに『うぇい!』とか『うわ!』とか言っちゃいますね(笑)。一番のポイントはジャンプ台から飛び出す瞬間です。助走のスピードを殺さずに出て行って、風をもらえるか。後から吹く〝カミカゼ〞 のようなものもたまにあるけど、ほとんどはジャンプ台から飛び出す瞬間で決まっちゃうんで。その瞬間にわかるんですよ。だいたい」
小林が感じるジャンプの魅力は、おそらく次の言葉にあるのだろう。
「やっぱ、スピードですね。ジャンプ台を飛び出す瞬間のスピードが、異次元の時があるんですよ。それは最高。マジですごい。自分のイメージどおりの助走から異次元のスピードで飛び出して、最高の風をもらって、誰よりも遠くに飛んだ時は『よっしゃ!』って感じです。このスポーツは結果論的なところもあるんです。頭で考えすぎてもダメ。風? ほとんど運だから、あまり気にしてません。吹く時は吹くし、吹かない時は吹かない」
平昌オリンピックでヒントをつかんだ。それを頼りに自分を変化させて、その〝結果〞として「世界一」の称号を手に入れた。
まだ 22 歳の世界王者だ。 11 月8日の誕生日で 23 歳になるということは、大卒の社会人1年目と同学年でもある。子どもの頃からスキー一本に懸ける生活を続けてきたのだから、〝普通〞に憧れる瞬間だってあるに違いない。ところが彼は、「は?」という表情を浮かべてあっさりと否定した。
「居酒屋で騒いだり、ですか?(笑)大学生になりたいと思ったことは一度もないんですよ。大学生って、たぶん、好きなことができる時間がたくさんあるんですよね。でも、大学生なら絶対にやらなきゃいけない勉強が、僕は全然好きじゃない。イヤなことをやる人生に魅力は感じません。僕はシンプルに、いい服をたくさん着て、たくさん遊びたい。なんか、言葉がアレですけど(笑)」
シーズン中は、週末ごとに〝世界のどこか〞にいる忙しい日々を過ごしている。その街が都会ならショッピング、そうでなければホテルに引きこもってネットショッピ ングかゲームを楽しむらしい。とにかく、好きな洋服を着る、好きな洋服を探す時間が楽しい。だから、できればどんな場所でも自分の好きな服を着たい。その気持ちが強すぎるあまり、公式の場で日本代表のチームウェアを着用せず、関係者に怒られたこともあった。
「僕はアスリートで、服が好きで、だからカッコよく見られたいと思う。憧れられる存在になりたいという思いは、やっぱりありますよ。中学生だった頃、ソチ・オリンピックのラージヒル団体で日本が銅メダルを獲ったんです。僕にとってそれが衝撃的だったってことは、たぶん下の子たちにとっては、僕がワールドカップで総合優勝したこともめちゃくちゃ衝撃的ですよね。だからこそ、結果が出ているうちは、いい意味でカッコつけたい。目標や夢を与えられる選手でありたい」
世界王者として臨む2019-2020シーズンは、 11 月にワールドカップの開幕を迎える。中国・北京で開催される2022 年冬季オリンピックまで、あと3シーズン。世界の頂点に立つ1年を経験したことで、目標ははっきりと定まった。
「次のオリンピックで金メダル。それから、もう1回くらいワールドカップの総合優勝を獲りたいですね。でも、それだけ時間があれば、たぶんあと2、3回はどん底を見ると思います。それがわかっているから、もしそうなってもバタバタしない。僕は1年前までまったく勝てなかったから、結果が出ない時期があっても焦りません」
明確なビジョンは2022年の北京オリンピックの先にも広がっている。
「もしかしたら、2030年に札幌オリンピックが実現するかもしれないんですよね。そこで飛べたら最高です。そう考えても、この調子を崩さず、僕自身が進化したい。ジャンプって、必要な要素がありすぎるから一番になるのが難しいんですよ。だから、一番になることにこだわるより、まずは〝自分のジャンプ〞にこだわりたい」
9月 29 日、グランプリジャンプ第7戦は20 位に終わったが、小林は「忙しすぎて体のケアを怠った」「でも、そんなに悪くない」と少し笑ったらしい。その余裕が、最高にカッコいい。
小林選手が自らスーツケースを引いて持ってきてくれた用具
たったこれだけの装備でジャンプに挑む。
撮影こぼれ話
自分で写真を撮るのも好きだという小林選手は、カメラマンさんが使っていたフイルムカメラにも興味津々。このページの撮影が終わったあと、そのカメラを借りてスタイリストさんをパシャリ。普段とは違うカメラのさわり心地を楽しんでいました。
撮影/松本昇大 スタイリスト /Ritaken ヘア・メーク /Misu〈ADDICTCASE〉 取材/細江克弥 編集/岩谷 大 写真提供/AFLO
※掲載の情報はJJ12月号を再構成したものです。