菅田将暉さんの弟であり、アーティストのこっちのけんとさん。2ndシングル「死ぬな!」はSNSを中心にバズり中。印象に残るワードセンスと音楽で今注目されていますが、実は音楽を聴く時間は少ないという彼。多くの人に響く楽曲を連発する理由や、才能溢れるご兄弟の話などたくさん教えてもらいました!
こっちのけんと
2022年に発表をした2nd single「死ぬな!」がバイラルチャートに5ヶ月連続ランクイン。サブスク総再生回数約600万回、MV再生回数600万回を超えた、今注目の「緑色のマルチアーティスト」
「根本は自分を助けたいっていう気持ちが曲を作ったスタートだと思います。」
――過去にご自身の心が弱ってしまった時、音楽が聴けなくなってしまったことが作品づくりのテーマになっているそうですが…。
「そうですね。もともと綺麗ごとを言っているような歌が好きだったんですけど、なんかそれだけじゃ物足りないなという思いがずっとあったんです。アメリカのカートゥーンネットワークが昔に配信していたような、ブラックジョークじゃないですけど、皮肉なことを冗談ぽくいう感じの音楽を聴きたいなと思っていたんです。そういった気持ちから自分で曲の制作を始めました。
あとは、やっぱり根本は自分を助けたいっていう気持ちが曲を作ったスタートだと思います。自分が聞きたくなるというか、自分が助けを求めたくなる曲を理想として作りました。
社会人になってからは忙しくなって、パタっと音楽を聴かなくなっちゃった時期があったんです。どんどん気持ちが落ち込んでいって、音楽も全然やらなくなっていました。そんなときに父の誕生日パーティーで自分が歌を歌う約束をしたんです。その時は、ずっと歌を歌っていなかくて不安で、泣きながら会場へ行きました。
でもそんな状態で、頑張って歌ってみたら不思議と気分が上がってきて。それで「歌ってめっちゃいいな!」と気づいて、また音楽を聴くようになりました。自分の中にそんなエピソードがあるので、病んでいた頃にもし出会っていたら、多分耳に入っていたんだろうなという曲を意識して作っていますね」
――聴く側と、自分で発信する側では、音楽との接し方は違うと思いますか?
「違うと思います。僕は音楽を聞いている時間は少ない方だと思います。自分の中での楽しみの割合で言うと、音楽よりも芸人さんのラジオとか人の喋り声とかの方が好きなんです。でもいざ自分が発信する側になったときに、言葉を乗せやすいのはやっぱ音楽かなと感じて。それで音楽を選びました。俳句とかでもよかったけど、文字数が制限されればされるほど、難しすぎて」
――言葉をすごく大事にされているんですね
「めちゃくちゃ大事にしていますね。言葉遣いが人を表すと思っています。世の中には、簡単にギュッとした言葉もたくさんありますけど、それを使っちゃうと自分の言いたいこととは、やっぱり変わってくるなっていう思いがあって。言葉遣いや自分が発信する言葉は、そういったことを意識しています」
――言葉の重みに気づかれたきっかけはどこにあったのでしょうか?
「社会人の時の先輩がめちゃくちゃ優しくて。優しすぎて、それがなんか逆に駄目だったんです。いつもニコニコ笑顔で…。僕が本当にやばいミスをした時も「全然大丈夫だよ!」(笑顔)みたいな。それがめちゃくちゃ怖くて。そこからその人の言葉の裏を意識するようになってしまったんです。例えば「大丈夫だったよ」と言われても「“だった”ってことは良くなかったんだな?」と受け取ってしまったり…。
だから自分が話すときは、たくさん前置きをして本体の意図が伝わるように喋っちゃう癖があります(笑)」
「注釈多めで喋ってしまうからこそ、“最後はまとめた一言”みたいなのを、ずっと頭の中で意識して話している」
――ご自身のキャッチコピーは、『かいけつゾロリ』の“真面目に不真面目”にされてるそうですね。
「小学生の頃から『かいけつゾロリ』が好きなんです。僕にとってはとってもかっこいい存在で。悪さもたくさんするし、めちゃくちゃなこともするけど、最後は亡くなった母のことを思い出していいことしちゃうみたいな。めちゃくちゃ素敵ですよね。ギリギリまで悪さはするけど、冗談で済む範囲内でふざけて、やっぱ根は真面目っていうのがすごくかっこいいなと思って。そこから“真面目に不真面目”を意識しています。
ゾロリの中で「スッポコペッポコポコポコピー」という魔法の言葉みたいなものがあって、それが今でも好きでなので、SNSのプロフィール@以降のユーザーIDにしてるんです」
――『どんぐりGAME』の歌詞でも、言葉が面白いなと思いました。そういった歌詞にも影響していますか?
「そうですね。そういうところはゾロリとか他のアニメとかもそうですし。あと昭和の芸人さんの使ってる言葉にも影響を受けています。「死ぬな!」という楽曲の「合点承知の助(がってんしょうちのすけ)」とかもそうですね。あとは洋画は吹き替えで見るようにしています。英語の吹き替えをした日本語って、独特の言い回しとか省略の仕方をしてるじゃないですか。その不思議な空気感をあえて自分の中に入れようとしています。そうやって面白いなと思った言葉はスマホにメモをしてアイディアを貯めています」
――「死ぬな!」ではそう言った仕掛けがたくさんありましたが、それもメモから出したアイディアなのでしょうか?
「そうです。学生時代4年間アカペラをやっていましたが、アカペラってもともとある曲をアレンジして歌うので、アレンジ方法のアイディアをその頃からよく集めていたんです。それをまとめた、ネタ帳みたいなものがありますよ。
でも「死ぬな!」でそのメモにあったアイディアの8割は使ってしまったんです(笑)。なので、これからは頑張ってアイディアを生んでいくしかないですね」
――一言で強い衝撃を与えるような言葉のチョイスもお上手ですよね
「さっきお話しした通り、喋るときに注釈多めで喋ってしまうからこそ、“最後はまとめた一言”みたいなのを、ずっと頭の中で意識して話している気がします。それでかな?
あと、あれだ! 芸人さんのツッコミワードからも影響を受けていますね! ツッコミのワードって、ギュッと詰まっていて衝撃があるじゃないですか。多分それが好きで、粗品さんとかが例える絶妙な1単語みたいなものは意識してると思います」
「長男である兄が父の代わりなところもありました」
――こっちのけんとさんは、兄・菅田将暉さん、弟・菅生新樹さんの三兄弟ですが、お二人はけんとさんにとってどんな存在ですか?
「僕にとって、兄はもう本当に、全部が憧れでもあるし、嫉妬する対象でもあるし。でもやっぱり兄としてめちゃくちゃ頼りがいある存在なんです。そう言った褒め言葉全部を詰めた込んだスーパーマン。兄に勝ちたいとも思っていなくて、多分兄が「右」って言ったら僕は右に行こうと思っちゃうぐらい、尊敬してしまってますね。
僕が就活中のときも、さりげなく心配してくれていて。当時、僕がお風呂入っていたら、急にコンコンと扉をノックして「大丈夫か就活?」とさり気なく聞いてきたり。昔からお父さんみたいなお兄ちゃんって感じでした。うちは父が仕事で帰って来れないことも多かったので、長男である兄が父の代わりなところもありました。圧倒的スーパーお兄ちゃんですね。
弟の方は、僕よりもお兄ちゃんっぽいことがよくあります。しっかりしているというよりは、引っ張ってくれる感じがあるというか、頼もしさがあるんですよね。人見知りもほぼないし、誰にでも懐かれる感じというか……。何だろうな、真似したくても絶対にできない“気持ちの持ちよう”というか。めちゃくちゃポジティブなんです。漫画のワンピースのルフィみたいなイメージですね。天真爛漫というか、こいつについて行けば大丈夫か!というのを示してくれるような人なんです」
――ご自身はご兄弟の中でどういう立ち位置だと思われますか。
「変な人だと思われてるだろうな。でも“真面目に不真面目”じゃないですけど、多分将来的に家族全員のリードは持っているのは僕というか、中心にはいると思っています。母とも、結構頻繁に会って喋るし、父とも会うし、ここが真ん中にはなってると思いますね」
――一番思い出に残ってる兄弟げんかはありますか?
「理由を覚えていないんですけど、僕が小学生で兄が中学生ぐらいの頃、兄にお腹を思いっきりに蹴られたことがありましたね。おそらく当時兄がハマっていた遊戯王カードを僕が何かしらしてしまって、怒らせたんだろうなとは思うんですけど。兄に話しても理由がわからなくて。普段喧嘩しなかったので、その唯一の喧嘩で爆発したんだろうなと思います(笑)」
――男の子3人兄弟なのに、喧嘩がなかったとは驚きです。
「全然なかったですね。僕と弟がなぜかお互いに“ちょっと距離をおこう”みたいに思っている時期はありましたけど。怒ったり怒鳴ったりとかはなかったですね。
もしかすると、よく父に連れられて見に行っていた大阪のプロレスを、家でよく真似してやっていたのでそれが実質喧嘩だったのかも(笑)」
「オシャレなアウターを選んでくれて“やっぱ菅田は違うな”と思いました(笑)」
――ご兄弟でもらった・あげた一番思い出に残ってるプレゼントは?
「あげたものだと、弟にプレゼントしたメガネですかね。弟が誕生日にベッコウのメガネが欲しいと言ったので、二人で一日中歩き回って探しました。でもしっくりくるメガネがなんかなくて。
そんな時に偶然見つけた眼鏡屋さんがあって、そこに日本に多分50本ぐらいしかないメガネの残り2本があったんです。高いだろうなと思いつつ。弟の前だし値段を見ずに試着してもらったら、二本目がめちゃくちゃ似合って(笑)「それにしようか…」と決めました。多分僕が持っている一番高いメガネぐらいの金額だったので、びっくりしましたけど(笑)。今でも気に入ってかけてくれていたし、いいプレゼントになったと思います。
もらったものだと、今年の誕生日に兄からアウターかな。「何か欲しいものはあるか?」と聞かれたんですけど、指定するのがむずかしかったので「衣装で使えるような、緑系のファッションのもの何でも!」とお願いをしたら、これをプレゼントしてくれたんです。Stone Island®︎というブランドのものなんですが、さすがにおしゃれすぎて。すごく気に入って、もうすでにいろいろなところで着ています。
普通に羽織ったりもするんですけど、裏返して着たり。ショルダーバックのように肩掛けにして合わせたりしています。
今まで兄にプレゼント誕生プレゼントをもらうときには、僕が欲しいものを選んでお願いしていたんですけど、今回は兄に選んでもらったら、こんなオシャレなアウターを選んでくれて“やっぱ菅田は違うな”と思いました(笑)。
これを使ったコーディネートも一緒に考えてくれたんですよ。イメージとしては部活の顧問の先生のオシャレバージョンみたいな感じで、白シャツに黒ネクタイを合わせ着ました」
「いざとなったときには、お父ちゃん怖いぞっていう、お父さんにはなりたいですね」
――そんな素敵な家族で育ったけんとさんが今後ご自身のご家族を作っていくとしたら、どういう家族を作っていきたいですか?
「自分の家族って考えるとすごく難しいですよね。うちの家族は多分、父が最終的には強い。母も強いけど優しさもあって…という環境で育ったのですが、多分僕に子供ができたら、めっちゃ優しく接しちゃうと思うんです。怒れなくて悩みそうだなって。だから怒れる父親になりたいなと思っています(笑)。いざとなったときには、お父ちゃん怖いぞっていう、お父さんにはなりたいですね。
あとはうちにあったルールで、ひとつ続けたいものがあります。菅生家は“食事中はテレビを見ないでいっぱい会話をしよう”というルールがあったので、将来の家族にもそれは続けたいですね。ただ僕自身が普段から、YouTubeやテレビを見ながらご飯食べる癖がついちゃったので“食事中はスマホを見ない”ぐらいにして、家族の会話は大事にしたいなと思います」
撮影/公文一成 取材・文/川端宏実 構成/齋藤菜月