特集

正確にクラシックを踊り、自由にコンテンポラリーを踊り、バレエの魅力を広め続ける【王子様の推しドコロ】

vol.20 山下湧吾さん

©Nobuhiko Hikiji

PROFILE

やました・ゆうご/1998年生まれ、青森県出身。A型。幼少期からジャズダンスを、13歳からバレエを学び、15歳で東京バレエ学校Sクラスに入校。17歳でロシアの名門ワガノワバレエアカデミーに留学。帰国後の2018年、東京バレエ団研修生として入団。『白鳥の湖』の道化、『ロミオとジュリエット』のベンヴォーリオ、『くるみ割り人形』のフランス、ノイマイヤー振付の『スプリング・アンド・フォール』など様々な演目をこなす、表現の幅の広さに定評があります。今回、セカンドソリストながらベジャールの「くるみ割り人形」のビムに大抜擢! これからの活躍が期待される若手ダンサーです。

『くるみ割り人形』のフランスにて ©Kiyonori Hasegawa

明るい人柄が持ち味の踊り

強い体幹と正確なポジション。エレガントでありながら明るい人柄が表れたような華のある踊り。舞台で華麗な存在感を発揮する、山下さんとバレエとの出合いは少し遅めの13歳。
「小さい頃から踊ることが大好きで、小学校3年生から6年生までジャズダンスを習っていました。バレエを習っていた姉のクラスを見学したのがきっかけです。バレエの動きやポジションがあまりに難しく、うまくできないことが新鮮でのめりこんでいきました。初めは恥ずかしくて、同じ教室に通う同級生とかぶらないレッスン日を選んだり、こそこそ習っていたんですが(笑) 、中学3年生で東京バレエ学校Sクラスに通うように。それまで教室で男子は僕ひとりだったのが、同世代の男子たちと踊れるようになり、バレエをより楽しめるようになっていきました。高校生になって周りが留学を考えるようになった頃、幸運なことにワガノワバレエアカデミーを勧められ、高校2年生から1年留学をしました。言葉はわからなかったのですが、バレエの優等生がたくさんいる環境が楽しくてありがたくて、友達もたくさんできました。初めての海外経験だったのですが、異国の文化に触れることが新鮮で、自分の中で大切な財産になりました」
慣れない環境の留学も楽しむ、明るく前向きな人柄は、ご自身の踊りの持ち味にも。ワガノワバレエアカデミー仕込みの安定感があり俊敏なテクニックは、舞台上でも観客の目を引きます。
「クラシック作品を踊る上で大事にしているのは、ポジションの正確さ。時代背景や物語を伝えるためには、まずテクニックの基礎、つまり違和感なく正確なポジションを作れることが大事だと思っています。でもそればかりにとらわれると何も伝わらないこともあるので、長い歴史の中で培われた洗練された美しさを表現しながら、それをどうやって演技に生かすかが今の課題です。ジャズダンスの経験があるので、形にとらわれないコンテンポラリーも得意です。最近、残念ながら急逝してしまったのですが、ウラジーミル・シクリャローフさんに憧れています。彼が演じるロミオはロミオそのものに見えるけれど、踊りはエレガントで正確で美しい。そしてコンテンポラリーでも頭角を現しています。演技性が高く、人の心を動かすことができる、彼のようなダンサーになることが目標です」

『白鳥の湖』の道化役 ©Shoko Matsuhashi

バレエを学ぶうえで経験した驚き

どこかでプロになると決断したのではなく、ポジティブに楽しみ、やりたいことを追求し、そのために努力をしていった先に今の自分があるとおっしゃいます。そんな山下さんの転機は?
「東京バレエ団に入るまでクラシック作品に多く携わってきましたが、バレエ団のレパートリーであるモーリス・ベジャール、ジョン・ノイマイヤー、イリ・キリアンなどネオクラシックの作品に出合ったことですね。バレエはこんな次元まで表現することができ、こんなにも心を動かすことができるのか!という衝撃。身体表現の可能性を無限に感じ、感動と同時に希望にワクワクしました」
バレエを愛するあまり、より多くの人がもっとフランクにバレエに接することができる機会をつくっていきたいと話す山下さん。昨年は、発達に凹凸のある児童たちに運動を楽しむ機会をつくる活動をする“FOOTISM”でバレエを教える挑戦も始めました。
「子供が大好きなんです。知人を通じて、バレエを教えることが役に立つならと始めたのですが、子供たちの成長ぶりに感動しました。可能性の大きさを体感し、エネルギーをもらえモチベーションも上がりました。勉強にも喜びにもなった貴重な経験です」

『スプリング・アンド・フォール』にて ©Shoko Matsuhashi

まずは一度バレエを鑑賞してみてほしい

そして、なんと2月に上演されるベジャールの「くるみ割り人形」では、主要な役であるベジャールの幼少期のビム役に大抜擢!
「ベジャールの『くるみ割り人形』は通常の『くるみ~』とは違い、ベジャールの幼少期をチャイコフスキーの音楽にのせて描いた、斬新で新鮮な作品です。初めて観る方は、彼が幼少期に感じていた世界観に没入し、童心に帰ってワクワクすると思いますし、ベジャールを知っている方は、偉大な振付家となるまでの彼の幼少期を垣間見ることができ感動できると思います。ストーリーは通常のものと違いますが、曲の解釈に違和感がなく、すぐに世界観に入り込める名作です。僕が踊るビムは7歳の少年。好きなものに出合い、ワクワクと心を躍らせる純粋さ、その好きなものに翻弄されていく危うさ。そして偉大な存在Mとの関係性の変化を巧みに表現できたらと思っているので注目してください!」
その役作りでは、1歳5カ月になる息子さんを参考にしたそう。
「大人になると背後にある様々な関係性を踏まえて物事を感じますが、子供は起こっていることや見ているものだけに純粋に反応しますよね。経験に流されません。その純粋さが物語を牽引していると思うので、何ものにもとらわれない息子の無邪気さをじっくり観察しています(笑)。物語バレエを踊る上では、より自然に表現することを心がけています。ダンサーも人間なので、人柄や普段の人間関係が踊りに表れるもの。まずは先輩方の過去の踊りを見て研究し、一緒に踊るダンサーとの普段の関係性からヒントを得て自分なりの役を構築、演技を追求していきます。バレエは総合芸術。五感をフルに使って堪能できる、日々の生活では体感できない芸術です。もしまだバレエを鑑賞したことがないのであれば、一度は鑑賞してみてほしいんです。きっと人生を彩る体験になると思います!」

山下さんの姿を見られるのは……東京バレエ団 創立60周年記念シリーズ第12弾「ベジャールの『くるみ割り人形』」東京文化会館(2025年2月7日~9日)

チャイコフスキー3大バレエのひとつ、クリスマスシーズンに世界中のバレエ団で上演される名作『くるみ割り人形』。クリスマスの夜に少女クララがドロッセルマイヤーにくるみ割り人形をプレゼントされ、夢の中で人形が王子に変身……と物語が展開するのが一般的だが、ベジャールの『くるみ割り人形』は、20世紀最高の振付家と言われたモーリス・ベジャールの幼少期が題材。クリスマスの夜に母親を亡くした少年ビムが父にもらったくるみで遊んでいる。部屋には父と飼い猫のフェリックスが。そこに夢なのか魔法なのか母親が現れプレゼントを置こうとした瞬間、幕が落とされ、バレエのレッスン、お芝居ごっこ、光の天使たちの舞など、ビムにとって夢のような夜が始まり……。東京バレエ団での上演は7年ぶり。 数々の名作を世に生み出したモーリス・ベジャールの幼少期の世界観を堪能できる感動作です。 山下さんは古典の『くるみ割り人形』でいうところのクララであるビムで2月9日(日)14:00~(東京文化会館) に出演予定。詳しくはHP(https://www.nbs.or.jp/stages/2025/bj-nutcracker/)にてご確認ください。

取材・文/味澤彩子

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