W杯における「日本人初の世界チャンピオン」。スキージャンプ男子W杯で総合優勝を果たして以降、小林選手を紹介する言葉には常にこの枕詞がつく。2年前には1ポイントも獲得できなかった舞台で、断トツの成績を残して優勝できた要因とは…。そして、2022年に控える冬季北京オリンピックへの展望も語ってくれました。
【小林選手のプロフィール】
1996年生まれ。岩手県出身。小学1年からスキージャンプを始め、高校卒業後にジャンプ界の〝レジェンド〞葛西紀明が選手兼監督を務める土屋ホームに入社。昨シーズンは日本人初のW杯総合王者に輝いた。兄の潤志郎、姉の諭果、弟の龍尚もスキージャンプ選手。
身長より大きなスキー板を履いて急斜面のジャンプ台を滑り、より美しく、より遠くへ飛ぶことを競う「スキージャンプ」。今、このスポーツで世界の頂点に立つ日本人選手、小林陵侑を知っているだろうか。
スキージャンプがメジャースポーツではない日本でさえ、スポーツ番組だけでなくバラエティー番組にも出演する人気上昇中の 22 歳。スキージャンプが盛んなヨーロッパでは、リスペクトを込めて「宇宙人」「皇帝」「サイボーグ」と表現されることもあるらしい。スタジオに現れた世界王者は、プロフィールに記載された174㎝よりひと回り大きく見えた。今にも雨が降り出しそうな屋上での撮影を余裕の表情でこなすと、スイーツを口にしながら静かに話し始める。
「僕らの世代って、たくさんいますよね、すごい人。シンガーのRIRIさんとか、知ってますか? そういう人たちと一緒に、日本を代表する一人に挙げてもらえるのはうれしいです。でもまあ、僕の場合はまだ世界を追いかけている途中だし、僕は僕にできることしかできないんで。それに刺激を受けてくれる人が少しでもいたら、いいんですけど」
子どもの頃から洋服が好きで、ウィンタースポーツ界屈指のファッション好き。写真撮影は自身にとっても趣味の一つだから、多くのスタッフに囲まれてカメラを向けられてもまったく動じない。手足が長く、スタイルは抜群で、モデルのような表情やポーズを作ることもできる。今までの日本ジャンプ界にそんなキャラクターの選手はいなかったから、私服姿の彼にスタジオで会うと、注目される理由がよくわかる。
「世界王者になった達成感みたいなものは、全然ありません。選手としてはまだまだだし、難しいのはこれから。うれしいこと? うーん。でもまあ、僕は洋服が好きなので、こうやってファッション誌の取材を受けたり、アーティストさんやタレントさんと知り合って、刺激を受けることがおもしろいと感じています。そういう刺激を受け続けるためにも、ジャンプで結果を残し続けなきゃいけないんですけど」
小林がブレイクしたのは、ほんの1年前 のこと。約4カ月をかけて世界 19 会場を転戦し、計 28 戦で争われた2018―2019シーズンのワールドカップ。小林は圧倒的な強さで 13 度の優勝を記録し、日本人男子選手としては史上初となるワールドカップ総合優勝の快挙を成し遂げた。
中でも、年末年始の8日間で行われる4連戦、通称「ジャンプ週間」での総合優勝は世界を驚かせた。ドイツとオーストリアの開催国だけでなく、ウィンタースポーツが盛んなヨーロッパで「ジャンプ週間」は特別なもの。グランドスラム(全勝優勝)を成し遂げた選手は過去に2人しかいなか ったから、「リョーユー・コバヤシ」の名前は世界的なニュースとして拡散した。
グランドスラム達成者の一人で、現在は テレビ解説者のスベン・ハンナバルト(ドイツ)は小林をほめまくった。 「リョーユーは現時点では別の星の人間。完璧な技術がある」
男子選手なら、 47 歳の今も現役で活躍する「レジェンド」こと葛西紀明。女子選手なら、2018年の平昌(ピョンチャン)オリンピックで銅メダルを獲得した高梨沙羅。「スキージャンプ」と聞いて「?」な JJ 読者も、彼らが活躍している競技と言えば、「!」となるかもしれない。小林は、日本スキージャンプ界がその登場を待ち焦がれた〝葛西の後継者〞だ。
そんな小林も、デビュー当時は「まったくダメ」だった。ルーキーイヤーの2015-2016シーズンはワールドカップ総 合 42 位。翌2016-2017シーズンは、 たった1ポイントも獲得することができずに戦いを終えた。
風向きが変わり始めたのは3年目の2017-2018シーズン。平昌オリンピックでは個人ノーマルヒルで日本人最高の7位に入賞し、団体戦では日本チームの最終ジャンパーを務めた。ワールドカップは過去最高の総合 24位。しかし本人は、このときかなりの危機感も持っていたという。
「平昌オリンピックの時は、実はかなり調子が良くて。だからこそ、トップとの差を感じました。入賞することはできたけど、表彰台に上がったり、1位になる選手との差はめちゃくちゃ大きかった」
トップジャンパーとの差はどこにあったのか。そんな質問に、聞き手のこちらがジャンプのシロウトであることを理解して 「うーん」とうなった。